1880.06.30(Wed)

 私は絵のけいこをやめて、ミス・グレイヤムを連れてリュ・ド・セーブルへ行って、イエズス教徒らの家の前に1時間近く立っていた。しかしもう9時で、私たちは騒ぎの終わりの方を見ただけだった。
 私はこの放逐を不当と思う。そうしてこれはムッシュ・ジュール・フェリー(フランスの政治家/1832-1893/彼は1880年に内閣を組織する前文相としてイエズス教徒を学校から放逐する議案を提出し、上院で2度拒否されて、最後に実行された)が彼の条款第7号に対する卑しむべき1個の復讐と解釈するほかはなかった。イエズス教徒の勢力は近来非常に強くなってきた。もし人が彼らの教義を嫌ったならば、彼らはこれほどの仕事は出来なかったはずである。そうしていかにして作用すべきかを知ることは困難であるからそのままに放任した方が良いのである。
 ただ1つ適用され得べき方法が考えられる。生きている限りのイエズス教徒に、あらゆる種類の保障を与え、あらゆる可能の利益を与え、土地を与え、家を建ててやり、都市を造ってやり、そうして皆がその中に集まってしまった時、それを破壊するのである。私はイエズス教徒が嫌いと言うよりは怖いのである。それは彼らが実際いかなるものであるかを知らないから。何人か彼らがいかなるものであるかを確実に知っているだろうか?
 否! しかしおよそ今度の解散ほどばかばかしく無益なことをすることは困難である。なぜガンベッタ(彼は当時上院議員であった、そうしてこの年11月にフェリーの後を受けて内閣を組織した)はこれを承認したのだろう? 私は彼が有利に干渉するために許したのではないかとも考えてみた。
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by bashkirtseff | 2009-01-20 14:53 | 1880(21歳)
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