1880.06.18(Fri)

 今日は終日仕事をした。私のモデルはあまりきれいなので、絵の具を置くのが1日1日に延びている。準備は良く行ったが、私はそれを台無しにしてしまいはしないかと恐れている。始める時の真実の感情である。しかし何だかうまくいきそうである。
 日が暮れてS…が来た。彼の憂鬱な顔を私は恋のためだと思った。しかし、それだけではなかった。彼はブカレスト(ルーマニアの首都)かリール(フランスのベルギーに接した都市)に彼の義兄の銀行の支配人として行くことになったのである。しかしそれだけではなく、結婚のこともあるのである。彼はその気になっている。私はただ微笑して彼を大胆な向こう見ずな人だと言って、私には結婚資金がないということと、あってもちょっとした女の道具を買えばなくなってしまうだろうということと、私は彼の金で養ってもらわねばならぬということを彼に話して聞かした。
 かわいそうに、私はそれにもかかわらず、いくらか気の毒に思った。
 彼は去るのを非常に喜んでいるようにも思えなかった。……ル・モン・ドールも、ビアリッツも、皆消え去る。……
 彼は時々思い出してくれと言って、私の手に100度も接吻した。──あなたも時々は思い出して下さるでしょう。おお、お願いです! 時々は私のことを思い出すと言って下さらない?
 ──暇があったらね!
 しかし彼があまりしつこく言うので私は非常に口早にいいわとついに答えなければならなかった。
 ああ! 私たちのさよならはいつも悲劇的である。少なくとも先方では。私は2人して客間の戸口に立った時、彼に高貴な印象を与えようと思って、私の手を厳かに彼の方へ差し出して接吻させ、それから私たちは厳かに握手をした。
 私はしばらく夢見るような心持ちで立っていた。私はこの子供を失ってしまうだろう。彼は私に手紙を書くと約束した。
 あなたも知っていられるように、このごろ、パリは小さい豚で気違いのようになっている。それは porte-veine〔幸福の門〕と呼ばれて、金やエナメルやその他の宝石などで出来ている。私はこの2日間銅製のをつけている。アトリエで皆が豚のおかげで私は良い絵が描けたのだと言っている。かわいそうなカシミルは私の記念に1つの小さい豚を持っていった。
 私は彼に「聖マタイ福音書」に次のごとき献本詞を添えて送った。──「世界で1番美しい本、心のあらゆる思いに報いる本、静かに慰めを求めるために感傷的になったり執拗になったりする必要はない。護符のようにこれを大事にして、あなたはおそらくは苦しみを与えたこの私の記念に毎晩1ページずつ読んで下さい。そうしたならなぜこの本が世界で1番良い本であるかがお分かりになるでしょう。」──しかし彼はそれに値するだろうか? 私は小さな豚のことなどに自分を束縛しない方が良くはないだろうか? 何よりも先に、彼は「マタイ伝」を理解しないであろう。
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by bashkirtseff | 2009-01-20 14:41 | 1880(21歳)
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