1880.04.29(Thu)

 今夜私たちはシモニデスの家族と会食をした。この家族の家庭では、何もかも変わっている。(夫人には私はジュリアンの家で知り合いになった。)主人は若くてきれいな人であり、夫人は美しいが35を越えている。2人とも非常に仲が良く、世間から引っ込んで、美術家の数人を除けばほとんど訪問者もなく、もっとも驚くべき絵を制作する。それはルネッサンスの模倣とも言うべき行き方で、純朴の驚くべき題材のみである。──例えばベアトリスの死とか、ロオルの死とか。(この女は愛人の首を植木鉢に入れて置いたところがそれから芽をふいて花が咲いたというのである。)それを幾世紀も前のもののような絵に描くのである。マダムはボッカッチョ(デカメロンの作者/1313-1375/底本:「ボッカアス」)の時代の服装をしているが、今夜は日本の白いちりめんの、非常にしなやかな、処女のように長い細い袖の付いた着物を着て、その袖を後ろで結んで、すそは真っすぐに垂れ、古い縫い取りの帯を締めて、腰が短く見えている。スズランの花束を胸に挿して、真珠を首につけ、耳輪も腕輪も古風な細工物ばかりで、その白い顔色と、黒く波打った髪毛と、カモシカのような目とで、幽霊でも出たかと思われた。もし彼女がその髪を振り乱さないで簡単に巻き付けておいたならば、非常によく見えたであろうに。
 私たちは食堂で立派な食事を振る舞われて、それから15分間アトリエに入って、マダムは私の伴奏で古いイタリアの古典的の歌を歌っておると、母が教会に行くからと言って迎えに来た。……今日は苦難週(復活祭の前週)であった。しかしあまり遅いので、私は自分の部屋でお祈りをした。
 明日は釉薬の日(展覧会の開会前日)である。私は私の小さいアメリカ人を連れて行こうと思う。彼女をうまく座らせるために。
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by bashkirtseff | 2009-01-15 14:13 | 1880(21歳)
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