1880.03.25(Thu)

 私は今私の絵に最後の筆触を与えた。もうこれ以上は描けない。なぜと言うに、もはや描くことがなくなってしまったから。でなければ全部やり直すよりほかはない。何だか不満足なものに出来上がってしまった。額縁をはめて高さ1メートル70センチほどの絵である。
 若い婦人が豊富な古い緑色の陰影を持ったふらし天を掛けた机に向かって腰掛けて、右手のひじをその上に置いてもたれかかっている。彼女の読んでいる書物のそばには一束のスミレの花がある。書物の白と、ふらし天の調子と、むき出しになった腕のそばの花と、これらが非常に良い効果を持っている。女は薄青色のダマスク織りの緩い着物を着て、古風なレースで縁を取ったモスリンの肩掛けをかけている。その左手は自然にひざの上に落ちて、軽く紙切りナイフを持っている。いすは濃い青色のふらし天で、背景は海豹の皮である。その背景と机が非常にうまくいった。首は4分の3の顔である。ヂナの見事なブロンドの髪の毛は緩くなって、頭の形が見え透いて、編み目のほぐれかけた髪が背中に垂れている。3時半にムッシュ・ガヴィニとマダム・ガヴィニが来た。──どうもマリの絵を見ないでやってしまうわけに行かないので。初子の門出と言ったようなものですからね。──親切な人たちではある。彼はガヴィニは、私と一緒に馬車でパレエ・ド・ランデュストリまで行ってくれた。絵は2人の男に運ばせた。私はお弔いにでも行ったように、暑く感じたり寒く感じたりしていた。
 それから大きな部屋部屋、彫刻の陳列場、階段、それらのものがどんなに私の心臓を鼓動させたことでしょう。皆が私の絵の受付証と番号を取りに行っている間に、ボンナの描いたムッシュ・グレヴィー(当時のフランス大統領/底本:「グレエヴィ」)の肖像が運び込まれた。しかしそれは光線の具合で見られないように壁に立てかけられた。部屋の中にはただそのボンナの絵と私の絵と、それから驚くべき黄色の背景があるだけである。ボンナは大変に良い絵である。私は自分の絵がそこにあることを全く不思議に思っている。
 これが私の初舞台(デビュー)である。初めての自由意思からの世間的行動である。何だか水に取り囲まれた山の上に1人で立っているような気持ちである。……しかしとうとう済んだ。私の番号は9091である。「マドモアゼル・マリ──コンスタンタン・ルス。」
 私は合格するように希望している。トニーに番号を送った。
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by bashkirtseff | 2009-01-14 16:23 | 1880(21歳)
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