1880.03.19(Fri)

 12時15分前、トニーが来た! なぜもっと早く始めなかったのです? 大層きれいで、良く出来ています。けれども仕上げが出来ないのは困りましたね、と彼は言った。
 要するに彼は私を安心させてくれたが、もう少し時日の猶予を願わなければならぬと言った。
 ──そのままで出してもよろしいが、彼は付け足して言った、しかしもう少し描き足す価値がありますね。これが「私の個人としての忠実な意見」です。時日の猶予を頼んでみなさい。そうしたらば、きっと良いものが出来ると思います。
 そう言って彼は袖を折り返し、パレットを取り上げて、光の足りないところへ少しずつ私に飲み込ませるように絵の具を置いて見せた。しかし、私はまたその上から塗り直そうと思う。……もし時日さえ与えてもらえるならば。彼は2時間以上いた。彼は愛想の良い人である。私をいろいろにいたわり、気を取り直させ、この絵がどうなろうとあまり心配でなくなってきた。実際彼の少しの筆遣いも非常な教訓になった。
 2時に猶予願いをするため私と母とは別々の方角へ出掛けた。私はヂナと2人で議会へ行って、ムッシュ・アンドリュに(私の願いを美術省次官ムッシュ・チェルケエに伝えてもらうように)頼んだ。私は1時間を無駄に待たされた。それから警視庁へ行ったが、彼はいなかった。それでドクトル・Kの所へ私の希望を書いた書類を届けに行った。
 家へ帰ってみると警視総監が私たちの用事を達してくれると言って訪ねて来ていた。そうしてジュリアンは37号室で母と話していた。ジュリアンは私の絵に満足していた。「あなたは男のように強いから、私は少しも不思議だとは思いません。」
 彼はなおそんなことの数々を私の絵を見に来たマダム・シモニデスの前でも、ロザリの前でも、私の留守中に言ったそうである。
 私は母がチュルケエへ手紙をつけてくれたガヴィニの所へ行った結果を聞かないうちからもううれしくなっていた。実際私は猶予を許された。──6日間の猶予を。私は誰に感謝したらばよいか、よくは知らない。けれども今夜はガヴィニ家の人たちとオペラへ行く。私は父ガヴィニに感謝する。彼に負うところがあると思うから。私は生き生きして、勝ち誇って、幸福である。
 いや、しかし私の絵は! ジュリアンは褒め立てる。トニーも調子が良くて整っていてきれいで力があると言ってくれる。ジュリアンはさらに付け加えて、それは蠱惑(こわく)的であると言って、アトリエのスイスの色彩家たちが美しい色はある特殊の手順でなければ出ないと思ってるのは愚かなことだと言った。
「ここに愉快なことをやった人が1人あるが、しかしそれはきれいという意味で愉快なのではなくて、人を有頂天にするような所がある。」
 だから私は仕上げなければならぬ! 素晴らしい日。
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by bashkirtseff | 2009-01-09 12:18 | 1880(21歳)
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