1879.11.14(Fri)

 もし数日間何にも書かないことがある時は、それは書くべきことがないからである。
 これまで私は人間に対して優しくしてきた。私は他人の悪口を言ったこともなければ、人が他人の悪口を言ったのを繰り返したこともない。どんな人でも私の目の前でそしられている場合にはその人を弁護した。ほかの人たちもその報いに同じことを私にしてくれるだろうという勝手な考えから。私は何人をも迫害しようとまじめに考えたことは1度もない。もし私が財産とか権勢とかを望んだとすれば、それは寛大、善意、慈善の心からであった。今から考えると自分ながら不思議ではあるが、しかし私は成功しなかった。
 もちろん私は往来でこじきに出会えば今後とても20スウくらいの金はくれてやるつもりである。なぜと言うに、こじきを見ると私はいつも涙ぐましくなるから。──けれども私は段々悪くなっていくように思われる。嫌な顔をしていても善良であれば美しくも見えよう。しかし意地悪で口やかましくていたずらなまねをすることは面白かろう。それは神に対しても同様であるから。そうして神は何物をも認めないから。
 その上、私たちは神は私たちの想像するようなものでないことを信じなければならぬ。神は多分自然そのものであろう。そうして人生のすべての出来事は機会によって支配されるのであるが、これが時々不思議な符合を生じるので、人は天意というものを信じるようになるのである。私たちの祈りとか、信仰とか、神との談話とか、……そういったものについては、私はすべて皆無用なものだと考えている。
 天地を動かすほどの知恵や力を心には感じながら、しかも自分は何物でもないとは、どうしたことであろう! 私は声を立てては叫ばない。けれどもこの苦悶は私の顔に書かれてある。黙っていると人は何事もないと思う。けれどもこの種の考えはいつも表面に現れるものである。
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by bashkirtseff | 2008-12-25 10:37 | 1879(20歳)
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