1879.10.01(Wed)

 書物が届いた。私はマダム・アダム(フランスの有名なジャーナリスト、1879年に彼女は Revue Nouvelle を創刊した/当年43歳)の評論の第1部となっている200ページを読んだところである。
 それは私を転倒させた。4時にアトリエを出て新しい帽子をかぶってボアへ散歩に行った。その帽子は注意をひいたが、しかし今ではそんなことに私は気を取られない。マダム・アダムは非常に愉快な婦人だと思われる。
 私はこんな実際問題に私の哀れな頭が影響されることをあなたが十分に理解して下さると信じています。昔風の忠節といったようなことになされるべきことが何にもない。今でも私はスミレを愛する。けれどもただ花として愛するのみである。
 私は共和制の方へ、新思想の方へと進んでいく。今日は全く Revue Nouvelle のことばかり考えている。私がある一定のときに公爵ナポレオン(ナポレオン1世の末弟、始め共和主義に同意してフランスを追われ、帝政崩壊後、代議士となり、1879年皇太子の死後、この人の子がボナパルト家の嫡流となった)に傾倒するように果たしてならないかどうかということが誰に分かるだろう。この人は私にはナポレオン3世よりも好きである、そうして実際に偉いところがあると思われる。あなたに理解して頂かねばならぬが、私は冗談を言っているのではない。私は進めるだけすでに進んでいるのである。私たちは時と共に動かねばならぬ。ことにそうすることの拒み難き必要と欲求を実際に感ずる場合には。
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by bashkirtseff | 2008-12-23 12:52 | 1879(20歳)
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