1879.09.01(Mon)

 私は近来少しずつ自分に変化が起こりつつあることを、あなたが気付いていられるように希望する。私はまじめになり利口になってきた。そうしてまた以前よりも良く思想がつかめるようになって来た。元は分からなくて、いいかげんな話をしていた多くのことが、今では分かるようになってきた。例えば、ある思想に対する敬虔(けいけん)の心は可能なものであるということ、及び人は自分を愛するごとく思想をも愛しうるものだということを、今朝私は発見した。

 帝王とか王統とかいうものに対する尊敬の念が私を感動させ、私を熱しさせ、私を泣かせ、またある感情の直接影響の下に私を実行にまで駆り立てうる。けれども私の心の最奥には、こんな激動をどこまでも私に承認せしめまいとするある物がある。私はいつでも人のために犠牲となった大人物のことを考えると、彼らに対する私の賛嘆の心はちゅうちょしてしまう。多分これは愚かな虚栄心からであろう。しかし私はすべてこれらの奴僕を軽蔑して良い物と認めている。私は実際自分を王者の地位に置いて見る時のみ勤王家である。例えば、ガンベッタは野卑な野心を持った人ではない。そうして私をしてかく考えしめる信念は強くして根拠のあるものでなければならぬ。しからざれば私は3年間も反動的新聞を精読した後で真剣にこんなことは言えないはずである。
 私は自分の関与している限りにおいて、王の前で頭を下げるという考えを黙許することは出来る。けれどもそうする人を尊敬することは出来ない。
 これは私が高位を拒むというわけではない。良く知っておいて頂きたいが、私はある大使とかあるいは廷臣とかの attaché〔随員〕の妻にでも喜んでなるかも知れない。(ただしそれらの人々は持参金を必要として、それを求めているのである。)
 私は今自分の1番奥にしまってある考えを述べているのである。これは私の常に考えていることであるが、人は自分の考えをいつでも発表することは出来ないものである。私はイギリスやイタリアのような憲法的王政を称賛する。しかしその場合でも反対すべきことは少なからずある。例えば皇室の家族に対して頭を下げるのを見ると不愉快でたまらない。それは不必要なへりくだりである。支配者が同情の厚い人で、例えば偉大なる思想の表現者であり擁護者であるヴィクトール・エマニュエル(底本:「エンマニュエル」)のごとき、あるいは善良で親切なる女皇マルグリットのごときであったなら、我慢は出来るが、しかしそれは偶然の幸運である。ある選挙された首長を持つ方がはるかに自然的なことであるだろう。それがため当然同情的であり、また聡明な貴族にも取り巻かれて。
 貴族は破壊することも出来なければ、また1日にして作ることも出来ない。それはそれ自らを支持しなければならぬが、しかし必ずしも愚劣をもって取り囲まれる必要はない。
 かの anciens régimes〔古来の制度〕は進歩と知恵の否定である!!
 私たちはある人々に反対して叫ぶ。けれどもそれが何の役に立つだろう!
 人間は過ぎ去ってしまう。そうして彼らはもはや要求されなくなると、しまい込まれてしまう。共和党の中には黒い羊がたくさんにいると言われている。このことについては数カ月前に私は意見を述べておいた。
 私は彼らが王者の人格に対していわれなき嫌悪の情を発表するのを聞いた。しかしそれは問題ではない。悪いのはその人ではなく、不必要なその地位である。
 私は名門の家族を尊敬する。彼らは昔も今も将来も同じであろう。彼らはその国家から重んぜらるべきである。けれどもそれはある1人の人及びその子孫が愚劣なあべこべな乗り方をするということとは別である! 否、そうではない! 私は人類の力に反対したことを言っているのではなく、その反対である!
 帝王主義はローマ人を写している。なぜ写しているか? もし人民が陰謀とか不忠な策略で欺かれるとすれば、それは人民の方の欠点である! けれども伝統的の王者に対しては人民はあらゆる知恵の努力をやめて10度に1度も良く選ぶ機会をさえ持たない。これはすべて不定と惰性と虚弱と憶病である。しかしもし人民が愚かで選挙を誤ったならば、彼らはそれ以上のものには値しない。これは共和制に反対した言論に対する答えである。
 しかし明瞭に言うと、私の共和制はある開花した精錬された貴族的な共和制である。どんな風に私はそれを言い表しうるだろう? ……アテネ的に、と彼はそれを名付けた。

〔貴族的──これには反省と説明を要する。習慣と教育によって絶対に確定された人類の貴族で、ただし知恵を欠いている。なぜと言うに、社会的関係においてこれらはその影響を拒みあたわざるものである。その上、可能の平等はただひとつしかない。それは法律の前の平等である。その他の平等はすべて自由の敵によって考え出され、愚人によって要求された哀れむべき笑劇に過ぎないのである。〕

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by bashkirtseff | 2008-12-22 10:54 | 1879(20歳)
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