1879.06.07(Sat)

 マダム・ド・L…は7人の子どもに3人の女中をつけて私たちの所へよこした。
 しかしその前に言っておかねばならぬことは、私の絵は調子(これは私にとっては1番大事なもの)は悪くはなかったけれども、構図に欠点があった。R・F(ロベール・フルリ)にしかられたが、私はそれをあまり気にしない。なぜと言うに、私は色のことで一生懸命になると構図を無視してしまう。しかし色の方が成功したらば後でその取り返しはつくであろう。人は生まれつき持っているものを失うものではない。それでも私は暗い雲に包まれている。さてL…家の子どもたちのことに戻ると、彼らは骨とう品で、いつも訪問者の前に持ち出されたり、教わった曲を弾かされたりする。5分間もたつと彼らはすっかりなれてしまって、1人ずつしなを作って、私に肖像画を描いてくれと言い出した。私は皆を5分か7分で写生した。1番年上の子どもは私の写生を大変良いと思って、その次には皆の顔の下に番号と名前を入れてくれと言い出した。
 私はがっかりして、落ち着かないで、うるさくなってしまった。
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by bashkirtseff | 2008-12-18 10:48 | 1879(20歳)
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