1879.05.12(Mon)

 私はきれいな顔をしていて、幸福で、かつ上機嫌である。私たちはサロンへ行って、あらゆることを話し合った。なぜと言うに私たちは画家ベローに出会ったから。この人を私たちは仮面舞踏会で困らせたことがあったが、彼はすれ違っても分からなかった。
 ブレスロオの絵は、金革の大きな安楽いすをいっぱいに描いた見事な画面である。そのいすには彼女の友達のマリが、ぼけた色の暗緑色の着物を着てかけていて、首の周りには青灰色のものが何か漂っていて、片手には写真と花を持ち、片手には今赤いリボンで結わいたばかしの手紙の束を持っている。その整頓の仕事は単純で、題材は分かりすぎているが、立派な絵で、調子が良く整って、その効果もほとんど美と言える。
 私は1人の大芸術家もないというようなことを言う時には、自分ながら大言壮語しているような気がする。そこにはバスティアン・ルパージュ(印象派の画家/1848-1884/読者はこの名を記憶していて下さい)がある。ほかには誰があるか? ……そこには知識と、気楽さと、千篇一律と、学校的な仕事と、そんなものばかりがたくさんある。
 真実なものはひとつもなく、人を動かし、感動させ、あるいは戦慄させるものもひとつもなく、また、人を身震いさせたり、泣かせたりするものもひとつもない。これは彫刻について言っているのではない。私は彫刻のことに関しては意見を述べるほどに知っていない。けれども家庭画あるいは風俗画の堅実味の全く欠けていること、それから恐ろしく偽りの多い凡庸味、それから平凡であるかあるいは善良である肖像画、こういったようなものを見ると、全く病気になってしまう。
 今日はボナ(肖像画で有名な画家/1833-1922)のヴィクトル・ユーゴーの肖像と、おそらくはブレスロオの絵と、よりほかにはひとつも良いものを見なかった。……
 ブレスロオのひじ掛けいすは脱線した絵で、いすが見る人の方へのし掛かっているから、女がそれをつかまえているように見える。ボナの名前を挙げたのは、彼の絵の中にはある生命があるからで、ブレスロオの名前を挙げたのは、あらゆる中庸の調子が良く整っているからである。
 私はL…のようにすべての女に同じ足指を与えることが正しいとは思えない。それは私をいら立たせ、腹立たせる。
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by bashkirtseff | 2008-12-17 13:56 | 1879(20歳)
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