1879.03.12(Wed)

 私は首を絞めねばならぬ! 自分で自分を滅ぼすというこの考えは、あなたにはどんなにえらがりに不可能に、またとっぴに思われるかも知れませんが、結局はそうなるよりほかはないのです。
 私の絵は進行していません。けれども、私は絵を始めて以来何度も中絶はしたけれどもとにかくいくらか勉強したことは事実です。しかしそれとこれとは何らの関係もない。私は金持ちになって幸福になって流行の率先者になりたいと夢見ているのに、こんな生活を送っている、と言うよりは、引きずっているとは、何としたことでしょう!
 マドモアゼル・エルスニツは例によって私の同伴者であるが、お粗末なものはいやである。まあ小さな体のくせに大きな頭と青い目をしたところを想像してみなさい。あなたは婦人帽子商の店に立っているほほの赤い目の青い木の頭を見たことがありましょう? ……そうです、まず、あれです。顔も表情も良く似ていますわ。それだけならまだ良いとして、いかにも物憂げな様子までが今言った人形にそっくりです。歩きぶりはゆったりと、非常に重々しく、聞いていると男が歩いているのかと思われるほどです。声は気抜けのした弱い声で、何を言われてもちょっとやそっとでは飲み込めない。いつもぼんやりして、すぐにものを見るようなことはなく、しばらく立ってから人の前に立ち止まって、いかにもまじめくさった顔つきをしてしげしげと眺めるのです。それでこちらはおかしくなって吹き出すか、腹が立ってしまうかです。
 彼女は良く部屋へ入ってきて床の真ん中に根が生えたように棒立ちになって、自分はどこにいるかも分からないようなふうをしていることがある。恐らく彼女のもっとも人をいら立たせる芸当は戸の開け方でしょう。この動作は非常に手間取るから、いつも私はそれを聞くと駆け出していって手を貸してやろうかと思うほどです。彼女が若いことは私だって知っています。やっと19です。それに不幸続きで、人に家にいて友達1人あるではなく、話し相手になる人さえないことも良く知っています。……時々彼女を見ると気の毒になって、そのおとなしい内気な表情に心を動かされ、何か話でもしてやろうといったような気にも私はなることがあります。けれども駄目ですわ! 彼女はポーランド人やB…と同じように全く寄り付くのがいやになってしまう。
 悪いこととは思うけれども、彼女の白痴のような目つきが私をまひさせてしまうのです。何という気の毒な地位だろうとは思うが、アニチコフ家にいた時だって同じことだったに相違ない。ちょっとしたことを私に聞く時でも、例えばピアノを弾いても良いかと聞くような時でも、大変なちゅうちょと心配をして聞くのである。私なら私が、誰かに集まりとか舞踏会とかへ招待して頂けないでしょうかと頼んでみる時のようなちゅうちょと心配をして。
 しかしこの内では私は誰とも話をしないのだから、彼女だけが例外ではない。
 私は仕事はアトリエですることにして、家で食事の時に新聞を読んだり本を読んだりしている。これはやめられない習慣となってしまった。私はマンドリンを練習する時でも物を読む。だからあの小さなお粗末さんを別にほかの人以上にひどく取り扱っているというわけではない。気の毒には思うけれども、仕方がない!
 私は彼女と一緒になるとひどく困ってしまう。馬車に彼女を連れて乗ることになった時は、窓から外を眺めるとか、彼女を忘れるようなことを無理にでも考えているとかしなければ私には完全な苦痛となってしまうのである。……もっとも、そうすることに少しも骨は折れない。どんな物だってあのお粗末さんより、つまらない、気のつまる物がありはしない! だから私は、彼女がどこか幸福になれる地位を見つけ出して出て行ってくれればよいと思っている。恥ずかしい言い方ではあるが、彼女は私の生活のわびしい広野を荒らす人である。
 おお! 絵を描くこと、それが出来たらどんなにうれしかろう! ……
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by bashkirtseff | 2008-12-13 09:26 | 1879(20歳)
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